駒大苫小牧飲酒喫煙問題2 

駒大苫小牧事件 高野連の処分について(道新)
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20060308&j=0022&k=200603080077


高野連の決定は実に寛大なものであった。
「連帯責任」という発想は古いものになっていくのだろう。


では、「だれの責任なのか?」
ということに日本社会は非常に無責任だ。


オーストラリアとハワイ
(にしか行ったことはないが)
で感じたこと。


たとえば観光バスに乗ったら
バスで起きる事故の
すべての責任バスの運転手にある。
だから、日本人的には非常に失礼だが、
運転手の指示に従わなかったら、
即刻下りてもらう。
シートベルトの着用や
立ち歩かないことや
飲食も、ルールを守らせるのである。
それも、運転手の責任なのだ。


日本でバスから落ちた子どもの事故があった。
責任は引率者か・・・
結局どうなったんだろう。
バスの運転手はどうなったんだ?


海水浴場でのセーフガードも同じ。
「わたしの指示に従わなければ
張り飛ばす」とまで言う。
ユーモアも含んではいるが、
ルール違反は見逃さない。
しかし、ルールの中で起きた事故
(実際、クラゲに刺された)
については素早い処置、と安全の確認は
キチンとされる。


まだまだあるが、「責任の所在」が
アイマイな日本社会。
耐震偽造”も同じである。
特に生命に関わることはいったいだれの責任なのか
はっきりさせておく必要がある。


いつでも「オレのセイじゃない」だ。