永井荷風という生き方

tessyu2006-12-15

永井荷風という生き方(松本哉著)


「ユニークな食事風景」
(より抜粋)


還暦を迎えた家風が主治医の診察を受けたときの反応がおもしろい。
検査の結果尿蛋白が多い。また、血圧が高いこともわかって、医者はしきりに菜食を勧めたのだった。医師として、文事に明るい友人として敬愛していた主治医の言うことだから、荷風は神妙な顔でそれを聞いたと思われるが、家に帰ってつけたその日の日記にはちょっと違うことを書いている。


「ひそかに思ふところあり。余齢既に六十を越えたり。希望のある世の中ならば摂生節慾して残生を愉しむも亦あしきにあらさるべし。されど今日の如き兵乱の世に在りては長寿を保つほど悲惨なるはなし。平生好むところのものを食して天命を終わるも何の侮るところかあらん」(昭和十五年二月二十日)

すぐに浅草の食堂に行き、肉を食っている。


ひとり暮らしの荷風は外食することが多かったが、際だった特徴があった。


もっとも有名な例は、最晩年、市川の自宅に近い食堂「大黒家」でのカツ丼と日本酒だ。毎日毎日そればっかり。最晩年のことで食事は一日一回だったというから、その徹底ぶりは鬼気迫るものがあった。最後の日も清酒一本にカツ丼を食べ、深夜、胃潰瘍の吐血でその米粒をはき出した姿で死んでいたくらいだ。